RUNAWAY BLOG

逃げたい、ただそれだけ

メンタル弱すぎ高校生

おはこんばんにちは、たけです。

 

 

 

高校受験で燃え尽きてしまった僕は、高校で強制的に自分と向き合うことになります。

 

 

 

高校時代

高校時代は僕にとって、人生で一番きつい時期でした。

 

 

 

小さい頃から自分を周りに合わせて、馴れ合いの対人関係を築いてきたので、

 

 

 

できる友人からもまた馴れ合いの関係だと思われています。

 

 

 

ぼっちを隠すための、その場限りの関係。

 

 

 

僕自身は他人に合わせて生きてきたため、

 

 

 

友人とは都合いい関係でしかなかったです。

 

 

 

僕みたいに自分をないがしろにして他人に合わせる人って、

 

 

 

他人に利用されやすいんですよね。

 

 

 

周りも利用しやすいと思っているし、利用したいって思うやつがよってくる。

 

 

 

また、自分自身も利用されたっていう被害者意識を強く持ってしまう。

 

 

 

自分で自分を無視しといて、利用されたなんておこがましいと思います。今なら。

 

 

 

高校一年生の時の馴れ合い仲間は高校二年になって同じクラスになったけど、

 

 

 

他クラスにいた仲がいい人と新学年で同じクラスになったため、

 

 

 

馴れ合いの関係はあっけなく終わってしまいました。

 

 

 

どうして相手と一緒にいたのかもその時は思い出せなかったです。

 

 

 

結局は、弱い自分がいて、

 

 

 

周りの目が怖くて、自分のやりたいと思ったことや、考えていることを素直に言葉にできなかったこと。

 

 

 

これが僕のメンタルが壊れた原因だと思います。

 

 

 

学校だと、「誰かと一緒にいないとボッチだと思われる」                 「人の目が気になる」

            「相手に合わせないと嫌われる」                                        「先生には敬語、挨拶、絶対」

            「大人には逆らわない」                                       「勉強しない奴できない奴、学校に来ないやつはクズ」

 

 

 

部活では、「上手いやつが上」

            「先輩には敬語、絶対」

            「上手いやつには嫉妬」

            「部活を休むやつはクズ」                                                    「部活をやめるなんてありえない」                                    「内申に響く」

            「勉強と部活を両立させたやつが偉い」

 

 

 

こんなことを高校生活では毎日思っていました。決して表には出さないで。

 

 

 

上で書いたことに関しては一つの共通点があります。

 

 

 

それは、すべて自分で考えたことではない

 

 

 

ということです。

 

 

 

幼いころに言われたことや学生時代に言われたことがそのまま残ってたり、

 

 

 

言われたことが変化していった結果です。

 

 

 

他人にあわせて生きる方が楽だと思っていたのに、苦しかった。

 

 

 

考えないことが楽だと思っていたのに、苦しかった。

 

 

 

告白

高校時代は今まで自分に向き合わずに生きてきたツケがまわってきました。

 

 

 

僕は高校二年生から登校することがきつくなってちょくちょくと学校を休むことが増えました。

 

 

 

学校で話すだけで疲れたり、呼吸するだけで胸が詰まったり。

 

 

 

授業中に悲しくないのに涙が出たり、体中がぴりぴりしてその場にいることがとても辛く感じることが増えました。

 

 

 

けど、そんなことを話せる人は周りにはいません。

 

 

 

これが孤独なのかなって感じていましたね。

 

 

 

そんな時に、一人の女子が僕に言いました。

 

 

 

「なんかあったら言ってね?」

 

 

 

僕は、自分を心配してくれる人がいるんだって救われました。

 

 

 

僕はその人に告白して付き合い始めました。

 

 

 

だけど、僕がどう感じているかや、どう考えているかを伝えることは出ませんでした。

 

 

 

彼女に甘えっぱなしで、頼りっぱなしで迷惑ばかりかけていたと思います。

 

 

 

結局、大切な人ができても自分は変わることはできませんでした。

 

 

 

この時はまだ、他人やモノが自分を変えてくれると思っていました。

 

 

 

自分を変えることができるのは、自分だけだとは考えもしなかったんです。

 

 

 

他人を軸に生きてきたから。